Vol.1 スカルパ登山靴の修理—後編

連載: ロストアローのリペア哲学 | Vol.1 スカルパ登山靴の修理—後編
ロストアローのリペア哲学
Vol.1 スカルパ登山靴の修理—後編
Published on Dec 24, 2025
Written by 寺倉 力
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連載: ロストアローのリペア哲学

ロストアローが輸入販売する登山・クライミング・スキー用製品のほとんどは修理可能で、その大半は自社内の修理部門が担っていることをご存じでしょうか。それは破れた生地の縫製やファスナー交換に留まらず、登山靴のリソールやカムデバイスのトリガーワイヤー交換に至るまで、ほとんどすべてに及びます。なぜロストアローは製品修理に力を入れているのか——。その理由を数回にわたって、寺倉力さんがレポートします。今回は「スカルパ」の登山靴修理の後編です。(前編から読む)


登山靴修理で多いのは圧倒的にソール交換

現在、スカルパ登山靴を修理に出すには、購入した正規販売店に自分で持ち込むか、あるいは直接ロストアローにメールか電話で申し込むという、二つの方法がある。

まずは修理内容や修理代、納期などの見積もりからスタートするわけだが、通常はそれだけで1週間から10日ほどかかる。ショップ店頭では判断できない内容もあるためだ。

ところがスカルパの場合は、店頭からロストアローの修理受付へ直接連絡が入るため、早ければ5分程度、よほど特殊な修理でもない限り、遅くとも数日中には見積もりが出る。ロストアローに直接申し込んだ場合も、ほぼ同様である。

「店頭で見積もりが完結できるスピード感も、社内に修理工房があるメリットです。店頭から工場に現物を送って確認する必要はないので、時間的なロスが圧倒的に少ないんです。お客様にとっては、修理できるかどうかの結論は、なるべく早く知りたいですよね」
と修理部門の砂田は言う。

修理内容として最も多いのは、圧倒的にソール交換(リソール)だ。アウトソール(ゴム底)のすり減りや、接着剤の劣化によるソールユニットの剥がれ、経年劣化したミッドソール(樹脂部分)の破損やひび割れなどで、それらが登山靴修理全体の9割近くを占めているという。

ソール交換に際しては、アウトソールだけでなく、ミッドソールごと切り離すのが基本だ。

歩行によってすり減るのはアウトソールだが、着地のショックを和らげるミッドソールはポリウレタンやEVAという樹脂製のため、使用頻度が少なくても、製造から年数が経つと劣化する。アッパーとソールユニットの接着面も同様だ。

特にポリウレタン素材はクッション性に優れる一方で、湿気や水分の影響を受けやすく、5年程度で加水分解が始まる。樹脂は水を弾くと思われがちだが、実際は逆である。ミッドソールが裂けたり、カカト下にひび割れが起こる主な原因はこれだ。

したがって、アウトソールがすり減った段階で、劣化が始まっているミッドソールも合わせて交換するのは、理にかなった選択といえる。そのため、スカルパ純正の交換ソールは、アウトソールとミッドソールが一体化した「ソールユニット」という形で供給されている。

修理に持ち込まれるのは、使用頻度に関わらず、購入から5、6年、長いもので10年目くらいのものがほとんどで、なかには20年前の登山靴が年に4、5足届くこともあるという。

「そのくらい古い年代になると、本社にもオリジナルソールの在庫は残っていません。ですので、『こういう色と形をしたソールを付けます』とあらかじめお客様にお伝えし、場合によっては、見本画像をお送りして確認いただくこともあります。事前に仕上がりのイメージをお伝えすることはとても大切なことで、受け取ったときに違和感を抱いてほしくないからです」

その場合は、純正交換ソールの在庫のなかから、形状が近いものをあてがうことになるが、当然そのままではフィットしない。そのため、ソールのアウトライン、硬さ、カラーなどを総合的に検討し、最低でも3種類ほどの交換ソールを比較・検証したうえで、最適なものを選ぶ。また、ランドラバーについては、スカルパから提供された1枚のゴム板から型取りして使用する。

「ただし、シャンクプレートが折れているものや、アッパーの皮革が破れているものについては、修理をお断りしています。直そうと思えば、直せないことはないのですが、もとの機能に完全に戻すことはできませんし、そこから不具合がでる可能性もあるんです。修理する人間の気持ちとして、『直せません』とは言いたくないのですが、お客様が山で使うものですからね。やはり安全を考えると、お断りせざるを得ないのです」

わずかな段差もなく貼る様は、まさに職人技

登山靴修理の大半を占めるソール交換は、古いソールを剥がし、交換用ソールに貼り替えるというシンプルな作業だ。だが実際のところ、1足のソール交換を終えるまでには、熟練の職人でも2日間はかかるという。各工程は、一筋縄ではいかない職人仕事の連続だ。

たとえば、ソール交換の最初の工程では、木型を入れて台座に固定し、刃物を使ってソールに切れ目を入れながら、専用プライヤーでじわじわと剥がしていく。もともと簡単には剥がれないよう強力に接着されているため、それなりのコツと力が要る作業になる。

また、ソールユニットの交換だけで済むモデルもあるが、多くはアッパー下部をぐるりと覆うランドラバーもあわせて貼り替える。交換用のランドラバーは、ヒーターで温めたうえで、テンションを掛けながら手作業で貼っていく。アクセントカラーやロゴが歪むことなく、さらにぐるりと1周貼り進めたあとに接合部をぴたりと合わせ、わずかな段差もなく仕上げていく様子は、まさに職人技といえる。

ソールユニットの接着に至っては、靴底のセンターラインから前後左右に、わずかでも角度がずれると、歩行感覚や登攀性能に直結するため、非常にシビアな職人仕事となる。

そもそも接着に際しては、接着効果を高める下処理剤を塗り、30分間乾かしたうえで接着剤を塗布する(皮革製のものは2度塗りが必要)という手間をかけている。接着後の乾燥時間は基本1時間で、天候や湿度によって前後する。

そして、すべての工程を終えて修理を仕上げた後は、接着剤をしっかり硬化・安定させるために、そのまま一晩置いておく。まさに気の長い仕事である。

「接着剤が乾く時間を使って、ほかの靴を並行して作業することもできますが、それでも一人あたり1日に5、6足ほどが限度です。できるだけ早くお客様の手元に戻してあげたいのですが、仕上がりのクオリティを求める以上、それより多くの数をこなすのは難しい。そのため、受付や見積もりといった工程のスピードアップを含めて、チーム全員で取り組んでいます」と砂田は言う。

スカルパに限らず、ソール交換のニーズは年々高まっているようで、ロストアローでは2023年度に対応した登山靴は1,800足を超えた。その前年と比べて4、500足の増加となっている。それに対して修理チームは4人。受付のフロント専任が一人、修理人は砂田ともう2名で担当している。

砂田さんのクオリティに少しでも近づきたい

もう一人のスカルパ修理人である許山(のみやま)陽平は、2020年にロストアローに入社するまでは、パタゴニア直営店やクライミング専門店に勤務しながら、クライミング中心の生活を送ってきた人物だ。

学生時代にクライミングと出会って以来、この道ひと筋に約10年。現在、5.13台のルートを淀みなくリードする実力派。ここ数年、毎年のようにヨセミテ・エルキャピタンのビッグウォールルートにトライし続けており、2022年には「フリーライダー」をフリーで登り、2024年秋には、樫木祐太さんをパートナーに、「サラテウォール」を日本人ペアとして初めてフリーで登っている。

エルキャピタン・サラテウォールにて
クライマー : 許山陽平 写真:鈴木岳美

許山のユニークなところは、登山靴修理自体、見たことがなかったにも関わらず、入社面接直後の社内ツアーでスカルパ修理工房を目にし、ほとんど一目惚れしてしまったことだ。

パタゴニア直営店に長く勤めていた関係で、リペアに対して一定以上の認識を持っていたという許山。だが、アウトドアブランドといえども、必ずしもすべての会社がリペアに力を入れているわけでもないと、気づき始めた頃だったという。

「ロストアローが自社で扱う製品を自社で直していることすら知らなかったので、工房を見たときに、驚きというか、うれしさがこみ上げてきました。それで、ほとんど衝動的に、靴修理をやらせてください!と社長の坂下さんにお願いしてしまったんです」

そこから砂田に師事し、登山靴修理を学び始めて3年にして、ようやく1足を任されるようになった。

「自分の意志で飛び込んだ職場ですから、仕事で認めてもらえるようになるまでは、海外遠征どころではないと覚悟していました。でも、当時はちょうどコロナ禍で海外クライミングにも行けなかったので、そのぶん心おきなく、修理の仕事を覚えることに集中できたんです」と許山は笑う。

「砂田さんは、職人としてはもちろん、一人の人間としても尊敬できる人です。そんな砂田さんのクオリティに、少しでも近づこうとがんばってはいるのですが、そう簡単にはいきません。でも、たとえできなくたって、考えながら毎日やり続けていれば、いつかできるようになる。それって、クライミングと同じなんですよね」

静かに動き始めたクライミングシューズのリソール

許山には、もう一つの目標がある。それはクライミングシューズのリソールで突出した存在になることだ。

スカルパに限らず、クライミングシューズリソールのニーズは高い。優れたフリクション性能を発揮するやわらかなラバーソールは、その反面、摩耗しやすく、登り込めば登り込むほど、つま先周辺がすり減って穴があく。登山靴と比べると、リソールのタイミングは格段に早い。

クライミングシューズのリソールが登山靴と異なるのは、より繊細な”クライマー的感覚”が求められる点にある。剥がして、削って、接着して、という基本スキルは共通していても、シューズがソフトで構造がシンプルなぶん、ソールを交換することで足入れの感覚が変わってしまったり、シューズ本来のテンションが失われてしまうこともある。

素足に近い感覚でダイレクトに岩を捉えるフィーリングや、5本の足指をひとつに結集させる力感は、クライミングシューズにとっては生命線。それを肌感覚で理解しているクライマーが、腕利きの修理人であるなら、まさに鬼に金棒だ。

小川山・エクセレントパワー(5.13a)
クライマー : 許山陽平

「すべて計算のうえで設計されているので、やはりソールを剥ぐことで性能は低下します。だからこそ、できるだけ新品に近い状態に戻すことができるなら、再び”使える”クライミングシューズになるはず。スカルパ修理チームが目指しているのは、そんなリソールです」

そう語る許山のポテンシャルには、大いに期待が寄せられている。リソールの技術を知り尽くした砂田の全面的な協力のもと、実力派クライマーとして培った肌感覚を生かしながら、クライミングシューズの修理に取り組む。そんな修理人はほかにいないだろう。

取材を進めていた2024年春、ロストアローに入社した新入社員がスカルパ修理部門を希望した。これで修理人は砂田、許山、そして新たに加わった新人の3人体制となった。

新入社員の名は成田啓(けい)。北海道大学山岳部出身の若手アルパインクライマーで、2023年9月にパキスタンにある標高6,400mの未踏峰、ガンバルゾムⅤ峰の初登頂に成功。さらに、入社した年の秋には、同じくパキスタンの6,000m峰、ツイII峰西壁を2人の仲間とともに初登攀している。

入社からわずか半年後には休暇を取って海外遠征に出かける新人と、それを「帰ってきたらたっぷり働いてもらうからな」と笑顔で見守る先輩二人。これぞまさに、ロストアローという会社を物語っているようである。

いいものをお届けする。その一択に尽きる

「登山靴を修理するうえで大切なのは、お客様に”いいもの”をお届けするという、その一択です。常にその一点を目指していれば、すべてのクオリティは自然と上がっていくはずです。ただ、それは私一人の意識だけでは到底実現できません。だからこそ、受付フロントを含めたチーム全体が、一丸となって取り組むことが大事だと、私は思っています」と砂田は言う。

一方、許山は笑ってこう語った。

「登山靴はファッションではなく、あくまで”山で使う道具”だと思っています。だからこそ、”使える道具”としてお客様に戻す、という意識で取り組んでいます。きれいに仕上がった靴を見ると、自分でも感動してしまうこともあるんです。それがお客様の手元に届いて、どんなふうに喜んでもらえるのかを想像すると、やっぱりうれしくなります。そのときのお客様の顔を、いつか見てみたいですね」

文=寺倉 力
写真=柏倉陽介